1984年の元旦に、カメラ二台を抱えて井の頭公園に散歩に行きました。
その時の写真に写った風景が、現在どうなっているか比較してみたいと思います。
記憶と写真を手掛かりに、撮影場所をどこまで特定できるか挑戦です。
私の自宅は吉祥寺駅の北西にあったので、
井の頭公園へは吉祥寺通り(旧称公園通り)側からアプローチしたはずです。
連れ込み旅荘「和歌水」のあたりですね。明快です。
と思ったら最初からつまづきました。
池が写っていて、光の差す方向も明らかなのに分からない。
まあ、池の周辺って皆同じようだし、
だいたい園路や植栽も変わっているでしょうから無理もない、とも言えます。
一旦諦めて、公園のその他のエリアを2時間ほど散策した後に、
やっぱり諦めきれずに戻ってきました。
そして、この昔の写真を再度じっと眺めて、
写真中央右手に写っている石杭に着目しました。
拡大するとこうです。
普通の柵杭とは明らかに違った特徴を持っています。
これを頭の隅に置きながら、和歌水のあたりから池に近づいてみました。
そして発見!
次の石碑へ案内するためのガイド杭だったんですね。
野口雨情
『鳴いて さわいで 日の暮れごろは 葦に 行々子(よしきり) はなりゃせぬ』
注)行々子(よしきり)とはスズメに似た鳥で
葦(よし)の生えている所を好むそうです。
鳴き声はギョギョシ(行々子)って聞こえるらしい。
結局、最初の写真に対応する現在の風景はこうでした。
そのあと数枚は簡単でした。池の縁を歩いているだけですから。
昔と今の写真を並べてみます。
園路奥の植樹帯と、旅荘和歌水への階段の位置関係がキーポイントでした。
昔も今も同じでしょう?
写真左にパーゴラが見えているのも同じですね。
同様に、次も簡単。
これは「七井橋」を先に渡り始めた私が、
遅れて園路を歩く子供たちを望遠で撮影したものです。
次は、七井橋に到着した子供達と、現在の風景。
橋の材質・形状が変わっています。
今の写真でちょっと残念なのは、かいぼり事業で池が干上がっていること。
現在「天日干し」状態で、この後「湛水」して池の景観を復元するのですが、
桜の季節に間に合うか心配。
橋を渡り終わったところの狛江橋手前で女房が撮影。
コメントをする